マラリアの概要:古代エジプトから続く「悪い空気」の伝説
マラリアとは、Plasmodium属という原虫が引き起こす感染症で、人類史上最も古く、最も影響力のある病気の一つです。病名はラテン語の「悪い空気」(mal aria)に由来しますが、実際には蚊が媒介する悪い虫が原因です。WHOのデータによると、2022年現在世界で約2億4700万人もの感染者が発生し、約62万人が命を落としました。コロナやインフルエンザをも凌ぐ、未だに世界最大の感染症の一つです。
流行地は熱帯地方
マラリアは熱帯地域を中心に発生しており、特にサハラ以南のアフリカが最も深刻な影響を受けています。実に全世界の症例の94%がここから報告されています。アジアや南アメリカの一部、そして太平洋の島々でも感染リスクがあり、観光地である東南アジアのビーチリゾートなどでも発生の報告は少なくありません。日本でも戦前は沖縄や離島などでマラリアが猛威を振るっていましたが、現在国内のみでの直接的な感染報告はありません。
感染経路は蚊
感染源は蚊、特にメスのハマダラカ(Anopheles)です。この蚊が感染者の血液を吸い、その後別の人を刺すことでマラリア原虫の感染を広げます。ちなみに蚊は、媒介する感染症によって人類に最も多くの死を与えている生命体とされています。
症状はインフルエンザのように
最初は発熱、悪寒、頭痛、倦怠感といった風邪症状で、インフルエンザと似ています。進行すると周期的な高熱や発汗、重症の場合は腎不全や脳症を引き起こし致死的となる場合もあります。特に熱帯熱マラリアという種類は、多臓器不全となり致死率が高く迅速な治療が必要です。
検査キットによる迅速な診断が重要
マラリアの確定診断には、血液検査が必要です。血液塗抹標本から顕微鏡でマラリア原虫を確認する方法が昔から行われていますが、最近では迅速診断キット(RDT)が普及しています。アフリカなど熱帯地域からの帰国後にインフルエンザ様症状が出た場合は、すぐに医師に相談してマラリア検査を迅速に実施することが早期発見し重症化を防ぐために重要です。
抗マラリア薬
治療にはWHOで治療薬として承認されているいくつかの抗マラリア薬が使われます。特にアルテミシニン(Artemisinin)という薬は、高い治療効果を持つことで知られています。しかし薬剤耐性の問題もあり、地域によっては治療方法が異なります。専門医の指導のもと、適切な治療を受けることが大切です。
予防は蚊に刺されないように徹底すること
個人でできる予防策として、まず蚊に刺されないことが基本です。流行地は気温は高く暑い環境ではありますが、軽装を避けて長袖長ズボンを着用し、屋内では蚊帳を使い、外出時の虫除けスプレーを徹底します。またマラリア原虫を媒介するハマダラカは夕暮れから夜間に活動することが知られていますので、この時間帯の不要な外出を控えることも検討しましょう。都市部ではエアコンがある部屋に滞在するだけでもリスクを減らせます。
予防薬の毎日内服
マラリアの流行地に旅行する場合、予防薬の服用が推奨されます。主にアトバコン・プログアニル(マラロン®)、ドキシサイクリン、メフロキンなどがあります。これらは旅行前から服用を開始し、帰国後も数日から数週間続ける必要があります。副作用としては、胃腸障害や頭痛などが報告されていますが、適切な服用方法を守れば問題ないことがほとんどです。
ワクチンの開発
2021年には、世界初のマラリアワクチン「RTS,S/AS01」がWHOによって承認されました。このワクチンは、特に5歳未満の子どもたちを対象に、マラリアによる死亡率を大幅に減少させる効果が確認されています。ただし、完全な予防ではなく、70%程度の防御率とされています。接種スケジュールは4回で、2年以上の間隔を空けて行います。ただ現状では、日本を含めて先進諸国ではまだ一般的に入手が困難です。
人類とマラリアの終わりなき戦い
マラリアの制圧は、予防薬やワクチンだけではなく、蚊の生息地の管理や新しい治療法の研究にも依存しています。日本では戦前流行していた沖縄や離島地域において、徹底した衛生管理や蚊の駆除処理において国内でのマラリアを撲滅させることに成功しました。世界では遺伝子編集を用いて蚊を不妊化する研究も進んでおり、これが実用化されれば感染症に関わる蚊の一部の種を絶滅させる日が来るかもしれません。
内藤 祥
医療法人社団クリノヴェイション 理事長
専門は総合診療
離島で唯一の医師として働いた経験を元に2016年に東京ビジネスクリニックを開院。
日本渡航医学会 専門医療職