ポリオとは
ポリオは、正式には急性灰白髄炎と呼ばれ、ポリオウイルスによって引き起こされる感染症です。このウイルスは主に小児を中心に感染し、重症化すると筋肉の麻痺を引き起こすことがあります。多くの場合、感染者は無症状または軽度の症状しか示さないのですが、一部の患者では麻痺が生じ、重症の場合は呼吸麻痺に至ることもあります。
ポリオの流行地域
20世紀中頃には、日本を含め多くの国々で大流行していましたが、ワクチンの普及により、多くの地域での発生が大幅に減少しました。日本では高度成長期に国内でのポリオワクチンが足りず、ロシアから安価な生ワクチンを大量輸入したことで国内のポリオが激減した歴史もあります。現在では、世界でもアフガニスタンとパキスタンの一部地域でのみ、野生のポリオウイルスの伝播が継続していると報告されています。しかし、未だにワクチンの普及が不十分な地域や、紛争や政治的な問題により予防接種が困難な地域では、再びの流行のリスクが存在します。また近年ではフィリピンやインドネシア、アフリカの一部で生ワクチン由来のポリオの発生報告があり、これらの周辺国への渡航時にはワクチン接種が強く推奨されています。
ポリオウイルスの感染経路
ポリオウイルスは、感染者の便や唾液、鼻水などの体液を通じて他者に伝播します。最も一般的な感染ルートは経口-便経路で、特に衛生状態の悪い地域では感染リスクが高まります。飲料水や食物が感染源となることもあります。
ポリオの症状
ポリオウイルスに感染すると、多くの場合、無症状または軽度の症状しか現れません。しかし、一部の人々には以下のような症状が現れることがあります。
・発熱、喉の痛み、嘔吐、倦怠感
・首の硬直や痛み
・筋力の低下や麻痺
最も重要なことは、ポリオが中枢神経系に影響を及ぼすことがあり、これが筋肉の麻痺を引き起こす原因となることです。重症の場合、呼吸麻痺が生じ、死に至ることもあります。
ポリオの治療
ポリオには特定の治療法がなく、入院して全身管理をすることで急性期を乗り越えることが第一の治療目標となります。救命した場合にも麻痺の症状が残ることがあり、社会復帰のためにリハビリテーションが必要となることが多く、さらに呼吸麻痺のリスクがある場合は回復後も呼吸器のサポートが必要となることもあります。万が一、日本人が渡航先の途上国でポリオに感染してしまった場合には、救命治療が受けられる医療機関へのの国際搬送を目的とした医療用のチャーター便を確保が必要となるかもしれません。
ポリオ流行地での注意事項
流行地域を訪れる場合、以下の注意事項を頭に入れておくことが重要です。
・予防接種:出発前にポリオのワクチンを受けることが最も確実な予防方法です。
・飲料水の選択:安全な水源からの水を選ぶこと。必要に応じて、ボトルウォーターや沸騰させた水を利用すること。
・食品の安全:生の食品や洗われていない果物や野菜の摂取を避けること。
・手洗い:定期的な手洗いは感染症を防ぐ基本です。特に食事前やトイレ後には、石鹸と水を使ってしっかりと手を洗うようにしましょう。
ポリオワクチンの役割
ポリオは過去に多くの小児の命を奪い、生涯にわたる障害を残す原因となっていました。しかしワクチンの発見と普及により、多くの国々でポリオは歴史の一ページとなりつつあります。
ポリオワクチンの集団接種は極めて効果的で、WHOは自己免疫と集団免疫の有効性と、ポリオウイルスの撲滅のためのワクチンの必要性につき、長年に渡り接種を促してきました。
ポリオワクチン OPVとIPVとは?
ポリオワクチンには、生ワクチン(OPV:経口ポリオワクチン)と不活化ワクチン(IPV:注射用ポリオワクチン)の2つのタイプがあります。どちらのワクチンも、免疫系を活性化させ、ポリオウイルスへの抵抗力を身体につけることで効果を発揮します。
OPV:経口で摂取するワクチンで、弱毒化されたウイルスを使用しています。免疫応答を刺激し、感染を防ぐ効果があります。
IPV:ウイルスを不活化して作られたワクチンで、注射により接種します。全世界での使用が推奨されており、特に先進国で主に利用されています。
日本でもかつては安価な経口生ワクチンが定期接種として使用されていましたが、2012年より不活化ワクチンの注射接種へ一斉に切り替えとなり現在に至っています。
ポリオワクチンの副作用
全てのワクチンには、少数の人々に副作用が現れる可能性がありますが、そのリスクは非常に低いとされています。
OPV:非常に稀なケースで、弱毒化されたウイルスが野生型に戻ることがあり、それによりポリオの症状を引き起こすことがあるとされています。
IPV:注射部位の赤みや痛み、発熱など、一般的な副作用が現れることがありますが、これは一時的なものです。
接種スケジュール
ポリオワクチンの接種スケジュールは国や地域によって異なる場合がありますが、以下は一般的なスケジュールの一例です。
初回接種:生後2ヶ月
2回目:生後3ヶ月
3回目:生後4ヶ月
4回目:生後1歳
(いずれも定期接種として)
追加接種:世界的には4~6歳の時に追加接種を受けます。
日本でも渡航者には4歳以上での追加接種が推奨されます。
まとめ
かつて世界中の多くの子供の命を奪い、また回復しても生涯に渡って麻痺と共に生きなければならないこの病気を、WHOは撲滅すべき3つの感染症の一つ(天然痘、ポリオ、麻しん)として、重点的にワクチン接種を世界中で進めてきました。日本国内での感染リスクは低い感染症ですが、世界中からポリオがいなくなるそのときまで、ポリオのワクチン接種は小児の定期スケジュールに組み込まれ予防対策の重要な項目であることに変わりはないでしょう。
内藤 祥
医療法人社団クリノヴェイション 理事長
専門は総合診療
離島で唯一の医師として働いた経験を元に2016年に東京ビジネスクリニックを開院。
日本渡航医学会 専門医療職