狂犬病とは?
狂犬病とは、人と動物が感染する人畜共通感染症の一つで、ラブドウイルスの感染による脳炎を発症した場合これまでに救命できたケースはなく、100%の致死率を誇る恐ろしい感染症です。
狂犬病の発症を防ぐには、ウイルスにさらされる前(暴露前)と、犬に噛まれてウイルスにさらされた後(暴露後)に適切な方法でワクチンを接種する必要があります。
今回は主に海外に渡航予定がある方に向けて、狂犬病とはどのような病気であるか、またそれを予防する狂犬病ワクチンの効果や接種方法などについてお話していきます。
犬以外にも、コウモリやキツネなどからの感染報告
狂犬病の発症例の95%以上が、ラブドウイルスに感染した犬に噛まれる、または引っかかれることにより感染が成立しています。
ただ犬以外のコウモリやキツネ、野生のネコ、スカンクなど、哺乳類全般からの感染報告がありますので、海外途上国の流行地域で野生の動物から何かしらの傷を負った場合には、念の為狂犬病ワクチンの暴露後接種が推奨されています。何しろ、万が一にも発症してしまうと100%死亡してしまうためです。
狂犬病、世界で毎年5万人!?
狂犬病は、アジアから中東、アフリカにかけての主に途上国で、現在も多く発生している感染症で、WHOのレポートによれば世界中で毎年35,000~50,000人が発症していて、全員死亡していることが推測されています。最大の発生国はインドで、インド周辺国を含めた南アジア地域で全体の60-70%の発生を占めています。
一方で、狂犬病が撲滅している地域もあり、北・西ヨーロッパやオセアニアなどでは発症の心配がなく、また日本も国内での発生はもう50年以上ありません。日本国内では戦後の狂犬病予防法の施行により現在は撲滅に至っています。1957年に最後の患者が報告されて以来、ネパールやフィリピンなどの現地で動物に噛まれて帰国後に発症し、日本国内で治療するも死亡したケースが数例報告されているのみです。
よって狂犬病予防としてのワクチンが必要になるのはあくまで海外の流行地へ渡航する場合のみであって、日本国内で生活している限りは、仮に野良犬に噛まれてしまっても狂犬病の心配はありません。
狂犬病の症状
狂犬病を国内で確認することはまずありませんが、初期症状は、発熱、頭痛、疲労感、身体のだるさなどとされています。ウイルス感染による脳炎が主たる病態ですので、進行していくと上手く歩いたり立ったりできなくなる運動失調、水を見ると首の筋肉がけいれんする恐水症、冷たい風があたると首の筋肉がけいれんする恐風症など、狂犬病特有の神経症状が現れます。そして最終的には昏睡状態となり、ごく一部の例外を除きこれまでに集中治療などを経ても救命できたケースがありません。
狂犬病の潜伏期間はとても長いことで知られ、感染経路により異なりますが、一般的に1~3ヵ月、長い場合は海外で犬に噛まれてから2年後に発症した事例もあります。
狂犬病の感染経路
狂犬病の主な感染経路は、狂犬病ウイルス(ラブドウイルス)を保有する犬やそれ以外の野生動物に噛まれたり、引っ掻かれたりすることで、ウイルスが傷口から侵入します。非常に稀ですが、目の結膜や気道の粘膜からも感染したケースが報告されています。
傷は深いほど、大きいほど、また汚染されているほど、感染を起こす確率が高くなります。一方で擦り傷などを野生動物に舐められたりしただけでも感染を起こしたケースもあるようです。
子どもは狂犬病感染のリスクが高いとされており、特に注意が必要です。理由としては、好奇心から野生の動物に不用意に手を出して噛まれることが多い、噛まれたり引っかかれたりすることへの警戒心がない、手に持っている食べ物を動物に狙われやすい、また背が低く頭と手足の距離が近いため発症までの潜伏期間が短いともされています。
海外で犬や野生動物に噛まれたらどうしよう?
狂犬病の予防は事前にワクチンを接種しておくことが重要ですが、もしワクチン未接種の状態でで狂犬病の疑いのある動物に噛まれたり引っ掻かれたりした場合は、直ちに傷口を流水で15分間以上徹底的に洗い流し、可能であればポビドンヨードなどの消毒薬を傷口に塗る応急処置をします。
その上で、必ず現地の医療機関を当日中に受診し、狂犬病ワクチンと免疫グロブリンの投与を受ける必要があります。
狂犬病ワクチンの使い方は2通り
狂犬病ワクチンは、ウイルスにさらされる前の暴露前接種と、さらされた後の暴露後接種の両方を実施することで95%以上の発症予防効果が得られるとされています。狂犬病は一度発症すると治療方法がないため、ワクチン接種が唯一の予防法であり、また同時に発症予防のための治療法であるとも言えます。
暴露前接種とは、海外の流行地へ渡航する前に実施すべき予防ための狂犬病ワクチン接種のことです。通常は1ヶ月以内に3回の接種をスケジュール通りに実施します。
暴露後接種とは、海外で犬や野生動物に噛まれたり引っかかれたりした場合に、現地ですぐにうけるべき発症予防のための狂犬病ワクチン接種のことです。これは渡航前に予防のために接種したワクチンとはまた別に、通常は1ヶ月以内に5回の接種をスケジュール通りに実施します。
狂犬病ワクチンの接種回数とタイミング
現在国内で流通している狂犬病ワクチンはラビピュール®筋肉内注射ですが、暴露前接種では、1回目の1週間後に2回目、3-4週間後に3回目を接種するスケジュールとなっており、できるだけこの接種予定から外れないように事前接種を完了させる必要があります。渡航の出発日までに時間がない場合には、1回目とその1週間後の2回目の合計2回のみの接種でも良いとWHOから報告がありますが、世界的にはまだ3回接種が主流ですので、出発までに時間があれば3回接種をお勧めします。これにより約3年程度は、狂犬病ウイルスに対する免疫が獲得されます。
暴露後接種では、WHO推奨の世界標準Essen法に従えば、現地で噛まれた日にワクチン接種を開始し、0日–3日–7日–14日-28日の計5回が推奨されており、遅滞なくまた省略することなく必ずスケジュール通りに5回の接種を完了させる必要があります。ただ実際には海外渡航先で犬に噛まれた場合には心配で帰国を急ぐ場合も少なくなく、帰国のための移動を優先させた接種方法であるZagreb法も認められています。Zagreb法では、噛まれた日に2回の接種を同時に済ませることで3日目の接種を省略し、あとは7日目と21日目の合計4回で暴露後接種を完了させるという暴露後接種の打ち方です。またWHOからは暴露前接種が確実に実施されている場合には、7日目以降の接種を省略しても狂犬病の発生率に変化はなかったという報告も出ていることから、きちんと予防の接種がされていてかつ動物からの傷が浅く小さい場合には、現地で0日-3日の2回接種のみを実施してそのまま現地生活を通常通り続けることも多いようです。
狂犬病ワクチンの副作用(副反応)
ワクチンの副作用は、接種箇所の赤み(発赤)、はれ(腫脹)、頭痛、吐き気、めまいなどです。いずれも軽度であり数日すると自然に消失します。ただし、ゼラチンを含んだ食品・製剤に対して過敏症がある方は、重度のアレルギー症状などが生じる可能性もあるため、必ず医師に申告する必要があります。
狂犬病ワクチンの費用
日本において狂犬病ワクチンの暴露前接種は、保険適用されず自己負担になります。値段は医療機関により異なりますが、相場は1回あたり15,000円~20,000円程度のため、これの3回分だと45,000~60,000円となり非常に高額な印象を持つ人が多いです(が必要なワクチンです)。
海外で現地の動物に噛まれたり引っ掻かれたりした場合の暴露後接種は保険適用になり、上記の3割負担となります。
当院の場合は国内流通ワクチン(ラビピュール)18,500円(税込20,350円)、輸入ワクチン(Chirorab/Rabivax)は14,500円(税込15,950円)となっています。
流行地への渡航予定のある方は、狂犬病ワクチンを接種しましょう
狂犬病ワクチンを事前接種する場合、完了までに1ヶ月必要です。海外で現地動物に接近する可能性がある方、特にインド周辺国に渡航する場合、また子どもを連れて途上国へ行く場合には、事前にワクチン接種が強く推奨されます。
当然ながら現地では、野生動物に安易に近寄らない意識を持つことも重要です。
感染者が多くリスクが高い上に、予防や治療が特殊な感染症ですので、何か心配な点があればトラベル外来を実施している医療機関に相談することをお勧めします。
狂犬病ワクチンについて 詳しくはこちら
(参考URL)
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/394-rabies-intro.html
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou10/
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou10/07.html
https://www.who.int/teams/control-of-neglected-tropical-diseases/rabies/animal-rabies
https://www.who.int/activities/vaccinating-against-rabies-to-save-lives
内藤 祥
医療法人社団クリノヴェイション 理事長
専門は総合診療
離島で唯一の医師として働いた経験を元に2016年に東京ビジネスクリニックを開院。
日本渡航医学会 専門医療職