破傷風(はしょうふう)は、ワクチンでほぼ確実に予防できる病気です。
先進国での発症は稀となりましたが、一度発症すると呼吸困難から死に至ることも珍しくありません。
日本では、年間100人ほどが破傷風を発症し、5~9人が死亡しています。
今回は、破傷風についてわかりやすく説明し、破傷風を予防する破傷風ワクチン(破傷風トキソイド)についての基本的な事柄をお話していきます。
破傷風とは
破傷風は、破傷風菌(Clostridium Tetani)という細菌が体内に侵入して、神経系に作用することで筋肉が硬直し、全身けいれんや呼吸困難を起こし、場合により死亡に至ることもある致死的感染症の一つです。
破傷風菌は、土の中や動物の排泄物などに広く存在しています。人間が傷口や切り傷、やけどなどを負った際に、その傷口から侵入して感染します。例えば庭仕事で土をいじった時にできた傷や、屋外のがれきの中で錆びた釘を踏んでしまった場合など、主に屋外での汚染された傷と土という組み合わせでの発生報告が多い感染症です。傷ができて菌が侵入してから症状の出現までに2~4週間かかることもあり、原因となる怪我がいつどこで受傷したのか分からないことも少なくありません。気がつかない程度のごく小さな傷からでも破傷風菌の感染は起こりえます。
ワクチン未接種の子どもと、ワクチンの効果が切れた高齢者が、発症の多くを占めます。
破傷風の症状
破傷風の症状は、まず顔や口周りから出ることが多く、顔の表情がこわばる、口が開けにくい、肩が張る、などの初期症状が出現します。
次第に手足の筋肉がつっぱり物がうまく掴めなくなる、歩行が困難となるなど、全身の筋肉が徐々に硬直していき、喉の筋肉や呼吸筋にも影響を及ぼすため呼吸困難へと進展します。
痛みを伴う全身筋肉のけいれん(ミオクローヌス)による意識消失、喉のけいれんによる窒息、横隔膜のけいれんによる呼吸停止を引き起こし、未治療では多くの場合が死に至ります。
破傷風の治療
破傷風の治療は、気管挿管による気道の確保と、人工呼吸器による呼吸状態の安定化、そして血中毒素の中和を目的に抗破傷風ヒト免疫グロブリンの投与などが行われます。
症状に応じて、抗けいれん薬や筋弛緩剤、抗菌薬などの治療が行われることもあります。
いずれも集中治療室(ICU)での厳格な全身管理が必要で、急性期の生命維持を目標としています。
破傷風の治療は毒素の効果が消えるまで行われるので、一度発症すると、長期間の集中治療が必要となります。
適切な治療を行えば、体力の低下した高齢者であっても多くの場合は後遺症なく回復し社会復帰が可能です。
破傷風の予防
破傷風の予防には、破傷風ワクチン(破傷風トキソイド)の接種が有効です。
きちんと接種を行うと、ほぼ全ての人が十分な量の中和抗体(抗体価)を獲得することができます。
破傷風ワクチン(破傷風トキソイド)とは
破傷風ワクチンは、破傷風菌が分泌する破傷風毒素を無毒化した破傷風トキソイドが使用されています。
日本では1968年から3種混合ワクチン(DPT:Diphtheria, Pertussis、Tetanus)、すなわちジフテリアと百日咳、そして破傷風の3つの感染症を予防できる混合ワクチンの定期接種が始まりました。
そして2012年からは、DTPでに加えてポリオが予防できる、4種混合ワクチン(DPT-IPV:Inactive Polio Vaccine)が定期接種に用いられるようになっています。
破傷風ワクチンの副作用
接種後には、接種した部位の痛みや腫れ、発熱、悪寒、頭痛、身体のだるさ、下痢、めまい、関節痛などの副作用が起こることがありますが、いずれも数日間で治ります。アナフィラキシーショックなどの重症なアレルギー反応を含む重篤な副作用はまれです。
破傷風ワクチンを接種する回数やタイミング
日本における破傷風ワクチン(4種混合ワクチンDPT-IPV、及び2期の接種に用いる2種混合ワクチンDT)の一般的な接種スケジュールは、以下の通りとなっています。これらは定期接種に含まれており、公費接種として無料で接種を受けることができます。
- 1期:DPT-IPV
- 初回接種→生後2ヵ月~12ヵ月の期間に、20~56日の間隔をおいて3回
- 追加接種→3回目の接種を行ってから6ヵ月以上の間隔(標準的には12ヵ月~18ヵ月の間隔)をおいて1回の接種を行います
- 2期:DT
- 11~12歳の期間に1回の接種を行います。
成人も破傷風ワクチンを打った方がいいのか
破傷風ワクチンによる免疫は、10年程度で弱くなるとされています。実際、日本国内での破傷風感染者のほとんどは、破傷風免疫が低下した高齢者の方々です。
したがって、衛生環境の良くない途上国などへ渡航の際には、破傷風ワクチン(沈降破傷風トキソイド)もしくは国際的にはTdapという3種混合ワクチン(追加接種用に副反応を軽減したワクチン)の10年ごとの追加接種が推奨されています。
また何らかの事情で3種もしくは4種混合ワクチンの規定回数・量を受けていない人も、規定回数に達するまで追加接種をすべきです(キャッチアップ接種と言います)。
こうした追加接種によって、10年間程度は免疫が維持されます。大人になってからの追加接種は、任意接種となるので実費がかかります。
暴露後接種(ばくろごせっしゅ)とは
救急や外来の現場では、汚染された傷や土壌に関連する怪我をした場合には、過去のワクチン接種歴に関わらず、すぐに破傷風ワクチン(沈降破傷風トキソイド)の追加接種を行います。
これを暴露後接種と呼びますが、怪我をした後にワクチンを接種することで破傷風の発症を予防することができる治療法です。
これは破傷風菌が体内で増えて症状が出現するまでに数週間の時間がかかるという特徴を利用して、その間に体内の免疫系を増強しようという考え方に基づいています。
海外で犬などの哺乳類に噛まれた際には、破傷風ワクチンとともに狂犬病ワクチンの注射を行うこともあります。
怪我をして医療機関を受診した際には、怪我をした状況やワクチン接種の時期などを正確に医師に伝えましょう。
まとめ
以上、破傷風とはどのような感染症なのかを簡単に解説するとともに、破傷風ワクチンの基本的な事柄についてまとめました。破傷風は、予防ができる疾患であり、予防接種の普及によって、発症率は減少しています。しかし、ワクチンを接種していない人や、ワクチン接種から時間が経って免疫力が低下した人が感染することがあります。したがって、予防接種の定期的な実施と、傷口の清潔な処置が重要です。特に怪我をした後に、顎が開きにくい、筋肉がこわばるなど、破傷風を疑う症状が出た時は、急いで医療機関を受診しましょう。
破傷風ワクチン接種についてはこちら
2023.04.15作成
(参考URL)
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/466-tetanis-info.html
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/hoken-sidou/dl/110411_hashouhuu.pdf
https://www.forth.go.jp/useful/infectious/name/name74.html
http://www.kankyokansen.org/uploads/uploads/files/jsipc/vaccine-guideline_03-5.pdf
内藤 祥
医療法人社団クリノヴェイション 理事長
専門は総合診療
離島で唯一の医師として働いた経験を元に2016年に東京ビジネスクリニックを開院。
日本渡航医学会 専門医療職