ダニ媒介性脳炎:小さな吸血鬼が運ぶ大きなリスク

ダニ媒介性脳炎(Tick-borne Encephalitis, TBE)は、ウイルス性の感染症で、文字通り「ダニ」によって媒介されるものです。この感染症は、東ヨーロッパからロシア周辺の中央アジアにかけて高緯度の地域で広く見られ、日本でも北海道の山岳地帯や森林地帯で発生の報告があるため注意が必要です。キャンプやハイキング中に「ダニに噛まれるなんて些細なこと」と思いがちですが、ダニは脳炎以外にもツツガムシ病やライム病、日本紅斑熱などの感染症を媒介しますので、その背後に潜むリスクは意外と深刻です。
今回はその中でも、ダニ媒介性脳炎について感染症の概要とワクチンによる予防についてお話します。

ダニ媒介性脳炎の概要と流行地

ダニ媒介性脳炎ウイルスはフラビウイルス科に属し、ダニ(特にマダニ)が感染源です。このウイルスを持つダニは、ヨーロッパやロシア、中国、日本の一部地域(北海道)に生息しています。特に、春から秋にかけてのアウトドアシーズンが最も危険で、草むらや森林地帯が主なリスクゾーンです。最近では地球温暖化の影響でダニの活動範囲が広がり、これまでTBEが見られなかった国や地域でも発症例が増えています。

感染経路

TBEの主な感染経路は、ウイルスを保有するダニに噛まれることです。また生乳や未殺菌乳製品を摂取することでも感染する場合があります。ここで注意したいのは「ダニに噛まれた記憶がない」ケースが意外と多いということです。噛み跡が小さいため気づかないことも多く、感染の潜在リスクを無視しがちです。

症状と診断

ダニ媒介性脳炎は、1~2週間の潜伏期間を経て、二相性の経過をたどります。最初のフェーズでは、発熱、頭痛、筋肉痛など風邪に似た症状が現れ、いったん回復することもあります。しかし、次のフェーズでは、脳炎や髄膜炎に進行し、高熱、激しい頭痛、意識障害、麻痺などの深刻な症状が現れることがあります。診断は、患者の症状や地域歴、血液検査や脳脊髄液検査で行われます。PCR検査でウイルス遺伝子を検出する方法も一般的です。

治療

残念ながら、TBEウイルスに特異的な抗ウイルス薬はありません。そのため、症状に応じた支持療法が中心になります。重症例では集中治療が必要となり、長期的な後遺症が残ることもありますので、予防が最善の治療という考え方が重要です。

個人でできる予防策

まずは基本的な対策として、長袖・長ズボンの着用、虫よけスプレーの使用、アウトドア後の身体チェックが重要です。特に、ダニは柔らかい皮膚の部分(首や耳の後ろ、脇、足の付け根など)に潜みがちなので、森林での活動後には、念入りなチェックを心がけましょう。ダニに噛まれてないと思っても、見落としが重篤な感染症の原因になるかもしれません。

予防ワクチンのすすめ

最も強力な予防手段として、ダニ媒介性脳炎ワクチン(TBEワクチン)があります。現在このワクチンは不活化ワクチンが一般的で、初回接種に加え、1か月後と6~12か月後の追加接種で免疫が完成します。その後も数年ごとにブースター接種が推奨されます。ワクチン接種は、TBE流行地域に訪れる予定がある人、特にアウトドア好きには欠かせない対策です。

効果と副反応

TBEワクチンの効果は非常に高く、95%以上の有効性が報告されています。副反応としては、接種部位の痛みや腫れ、軽い発熱が見られることがありますが、通常は短期間で収まります。深刻な副反応のリスクは低いとされています。

ワクチンの推奨とガイドライン

世界保健機関(WHO)や各国の公衆衛生当局は、ダニ媒介性脳炎の流行地への渡航者に対してワクチン接種を推奨しており、日本でも2024年に国内承認薬としての認可が取得されました。また地元住民やアウトドアを頻繁に楽しむ人々も接種が勧められています。最近の研究では、地球温暖化がダニの分布を拡大させているため、予防の重要性がさらに増しているとの指摘もあります。

内藤 祥
医療法人社団クリノヴェイション 理事長
専門は総合診療
離島で唯一の医師として働いた経験を元に2016年に東京ビジネスクリニックを開院。
日本渡航医学会 専門医療職

 

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