はじめに
ヒトパピローマウイルス(Human Papilloma Virus: HPV)は子宮頸がんの原因ウイルスであり、日本では2010年度からHPVワクチン接種に対する公費助成が開始され、2013年4月から定期接種になりました。しかし広範囲の疼痛・運動障害などの報告が相次ぎ、2013年6月に接種の積極的な推奨が差し控えられました。その後、専門家による検討部会や国内外の複数の研究を経て、HPVワクチンの安全性に特段の懸念はなく、2021年11月に接種推奨の再開が決定されました。厚生労働省・日本産婦人科学会などから様々な情報が提供されていますが、本コラムではこれらの情報をなるべくわかりやすくまとめ、Part1で「子宮頸がんについて」、Part2で「HPVの特徴とワクチンの有効性」、Part3で「HPVワクチンの副反応と接種の実際」について解説します。
子宮頸がんと子宮体がん
子宮がんには、子宮の入り口付近(子宮頸部)から発生する子宮頸がんと子宮の奥(子宮体部)から発生する子宮体がんの2つあり、場所だけでなく原因・特徴も大きく異なります(図1)。
図1. 子宮頸がんと子宮体がんの違い(日本産婦人科学会より)
子宮頸がんはどんな病気?
子宮頸がんは年間約1万人がかかり、約2800人が亡くなっています。患者数・死亡者数とも少しずつ増えており、20〜40歳代の若い人が占める割合が増えています。子宮頸がんの95%以上はHPVが原因であり、感染経路は性的接触が主と考えられます。HPVはごくありふれたウイルスであり、性交渉の経験がある女性の約80%は生涯で一度は感染すると言われています。HPVに感染しても無症状であり、多くの場合は自己免疫によって自然排除されます。しかし一部は感染が持続し、感染した細胞が徐々に異常な形に変化します。そして数年〜数十年の期間をかけ、前がん病変を経てがんを発症します(図2)。
図2. HPV感染による子宮頸がん発症のプロセス(Know VPDより)
子宮頸がんの予防・早期発見
最も重要な予防はHPVに感染しないことであり、HPVワクチンの接種や性交渉時のコンドーム使用が有効です。詳細はPart 2で述べますが、HPVワクチンで子宮頸がんの70〜90%を予防できると報告されています。子宮頸がんは前がん病変を経てゆっくり進行し、進行した状態にならないと症状が出ません。ワクチンで防げないタイプのHPV感染もあり、定期的に検診を行って早期に発見することも重要です(図2)。検診で子宮頸がんの死亡率が減少すると認められており、日本では20歳以上の女性に2年毎の検診が推奨されています。検診では子宮頸部の組織を採取して細胞診という病理検査を行いますが、一定の確率で異常が見逃されるため、定期的に検診を受けることが望ましいです。自治体から検診のお知らせやクーポン配布などの助成もありますが、日本の検診受診率は40〜50%と欧米先進国の70〜80%と比べて低迷しています。
子宮頸がんの治療
軽度異形成の段階で発見された場合、自然に軽快する可能性もあるため、定期的な経過観察を行います。高度異形成やごく初期の早期がんの段階で発見された場合、子宮頸部の一部を切除する円錐切除術によって子宮を温存できる可能性があります。しかし円錐切除術はその後の妊娠における流産・早産リスクを高め、将来の妊娠・出産に影響が出てしまいます。一方早期がんであっても子宮全摘が必要になる場合があり、進行がんになってしまうと、卵巣・リンパ節の摘出に加えて放射線治療・化学療法の併用が必要になります。治療で救命できても、妊娠できなくなり、排尿障害・足のリンパ浮腫など様々な後遺症で苦しむことになってしまいます。やはり子宮頸がんは予防と早期発見が大事になってきます。
次回のPart 2ではHPVの特徴とワクチンの有効性についてについて解説します。
<参考資料>
・日本産婦人科学会: 子宮頸がんとHPVワクチンに関する正しい理解のために
https://www.jsog.or.jp/modules/jsogpolicy/index.php?content_id=4
・Know VPD: HPVワクチン
https://www.know-vpd.jp/children/va_c_cancer.htm
・こどもとおとなのワクチンサイト
https://www.vaccine4all.jp/topics_I-detail.php?tid=9
・厚生労働省: ヒトマピローマウイルス感染症〜子宮頸がんとHPVワクチン
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou28/index.html
東京ビジネスクリニック 常勤医師
大阪市立大学医学部卒業。千葉県内で医師研修を受け、上海での駐在日本人向けの医療を実施。
その後川崎市内で家庭医療を研修し、東京ビジネスクリニックの常勤医師となる。